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荒汐部屋

2009-08-30更新

特別寄稿:早川様より

いよいよ九月場所も間近に迫り,蒼国来への皆様からのご期待も,日に日に高まっているのを感じずにはおれないこの頃。荒汐部屋の取材ご協力で毎度毎度お世話になっております早川様から,その蒼国来に,地元モンゴルの食卓事情をインタビューしていただきました『エンさんに聞く「内モンゴルのありふれた食卓」』をお届けいただきました。来日6年,日本のオジサンのような雰囲気さえ感じさせる今日の蒼国来ですが,本当に遠いところからやってきたんだなぁ,とあらためて感じさせられました次第です。ぜひ,ご一読ください。早川様,いつも貴重なお話をいただき,ありがとうございます。

蒼国来特集:エンさんに聞く「内モンゴルのありふれた食卓」

1.はじめに

中国・内モンゴル自治区出身初の力士として初の関取を目指している蒼国来さんに出会うまで,筆者はお恥ずかしながら外モンゴル(モンゴル国:モンゴル大使館による紹介)と内モンゴル(中国網による紹介)の違いも知らないほどモンゴルに関する知識は薄く,昨今相撲界におけるモンゴル勢の活躍を目の当たりにして少しはモンゴルが近くになったような気がしていただけでした。今回は,蒼国来さんの生まれ育った内モンゴル自治区の文化や価値観をもっと詳しく知りたいと思い,彼が育った家庭の「ありふれた食卓」について語って頂きました。

蒼国来さんの本名は恩和冬布新(エンクート・フシン)。荒汐部屋の部屋頭にあたる蒼国来さんは部屋の力士達から「エンさん」の愛称で親しまれています。そんな蒼国来さんを本インタビューにおいても親しみを込めて「エンさん」と表記させて頂きたいと思います。また国技館のアナウンスでは「蒼国来,中国出身,荒汐部屋」と紹介されていますが,本インタビューではあえて「モンゴル人」としてご紹介させて頂きます。

2.エンさんのおうちの「ありふれた食卓」

モンゴルのライフスタイル

それではここでエンさんのおうちの典型的な食生活をご紹介したいと思います。年代的には1990年代半ば,エンさんが10歳の頃を回想して頂きました。

エンさんのおうちでは朝食は7時から,お昼は12時から,夕食は午後6時から始まります。モンゴルの人々にとって食事の時間は家族の大切な団らんの時間であるため食事は必ず家族全員でとります。食事はゆったりと語らいながらとるのが通常で,夕食時は長い時だと3時間くらいかけて食べます。

エンさんのおうちの家族構成はお父さんお母さんのほか妹が二人おり,エンさんは長男にあたります。お父さんは800匹に及ぶ羊の他牛,馬,ヤギ,ラクダの牧畜業を営んでおり,長時間「外の仕事」に従事しています。そして季節が変われば家畜の餌を求めて一家で遊牧するという昔ながらのモンゴル族のライフスタイルを継承しています。料理,配膳,後片付け,その他掃除,洗濯と「内の仕事」である家事全般はお母さんの仕事とはっきり役割が別れています。子供たちは配膳,食卓の準備・後片付けまで手伝います。これまでエンさんはお父さんが料理をしているところを見たことがないそうです(何よりお父さんは料理を作ったことがないので作ろうと思っても作れないんだそうですが)。お母さんが不在の時は家族は何を食べていたのでしょうか。

「そういう時(お母さんがいない時)は,美味しそうな匂いがしてるなぁ~という近くのゲル(モンゴルの移動式住居)に行って『ごっちゃん』になるんですよ。」

と,エンさんはやんちゃな笑顔を浮かべながら教えてくれました。

このようにモンゴルでは「内」と「外」の仕事に関する役割分担が男女によって明確に別れていて,これはエンさんが子供の頃も現在も変わらないモンゴルのライフスタイルなのだそうです。

さて,モンゴル人にとって重要な生活の糧と言えば羊です。羊は皮や肉が高値で取引されるだけでなく,その糞までもが肥料として貴重な収入源となるのだそうです。羊はモンゴル人の食生活にも欠かせないもので,肉,内蔵,その血まで料理します。また羊のミルクを使った乳酸品も多く,ヨーグルト,チーズ,お酒,また食用油も羊のミルクから作ります。代表的な料理としては羊の内臓を使ったソーセージ,餃子,その他小麦粉を使ってうどんをよく作られます。このうどんの具材にも羊肉が用いられます。また,前日の夕食で残った羊肉は翌日の朝食時の食卓に上り,羊肉をお茶に入れて食べるという食べ方もあります。こうしたうどんや餃子はすべて手作りで,お父さん以外の家族が全員で手伝って作ります。そのほかモンゴルの米をミルクやヨーグルトに入れて食べます。デザートといったものはリンゴやバナナのような果物くらいで,通常はお茶がその役割を果たします。食材はほとんどがお父さんの育てた家畜を使用したもので,果物など手に入らないものだけ週に一回販売に来る農家の人から買い取るのだそうです。

食事と礼儀

内モンゴルには食事にまつわる様々な決まりごとがあります。

まず席次ですが,年長者に敬意を払う席次になっています。年長者を中心にして家族は年長者の隣から輪を描くように座ります。そして食事の始まりは年長者にお茶をつぐという儀式から始まります。この儀式にも年長者に対する敬意が込められています。エンさんのおうちにはおじいさんおばあさんがいないのでお父さんが年長者です。そのお父さんの隣をお母さん,エンさんや妹さんが座ります。配膳を受けるのもお父さんが一番先です。

準備が出来たらお母さんも一緒に座って皆で一緒に食べ始めます。全員椅子に座って食事をします。食事中の団らんには決まりごとはなく,家族全員がその日にあったあらゆることを自由に話します。また,食事が終わった人から自由に席を立ってもいいそうですが,モンゴルでは長時間かけて食事をすることが習慣となっているので食後もその席から何時間も語らいを続けます。お父さんはその日の羊の様子を話したり,子供の健康について聞いたりしましたが勉強のことはあまり気にしません。

食事中の会話の礼儀として,年長者の隣に座った人が大きな声でしゃべるのは無礼とされています。エンさん自身も大きな声でしゃべっていた時「しずかにしなさい」とお父さんから怒られた経験があるそうです。

そしてお客さんが来た場合にはもてなしの礼儀として年長者の席にお客さんが座ることとなります。逆にお客さんは招いてもらった礼儀として食事の配膳や後片付けのお手伝いをします。またお客さんに対する礼儀の一つとして,最善の料理をお客さんの目の前に置くことが決まりとなっています。例えば羊肉の場合はアバラ肉(エンさんは自分の脇腹あたりをさすって『この辺の肉』と言ってました)を出し,お客さんはその肉の一部を天に投げることで食事に対する感謝の意を表します。こうして身近な食べ物が神聖な儀式に使われます。エンさんが初めて日本へと旅立つ前,お母さんはエンさんに牛乳を撒いて息子の無事を祈ってくれたそうです。

3.おわりに

蒼国来の餃子以上がエンさんから伺った内モンゴルの食事と食事にまつわる習慣です。

来日6年目にして日常会話にはほとんど困らないエンさんですが,モンゴル料理について詳細を説明するのはまだまだ難しいらしく,ところどころすべてを説明しきれずにもどかしい表情を浮かべつつも一生懸命伝えてくれました。例えばエンさんのおうちで作る餃子にはエンさんが日本語で説明できないいろんな具材が入っているらしいのですが,「とにかく・・・いろんな物がはいってるんですよ」と,教えてくれました。ちなみに,部屋の力士たちによると,餃子作りをエンさんにまかせたらそれはもう見事な手さばきで包みまくる,とのことです。この辺りからも餃子が頻繁に作られ,食べられていたことが伺えます。

内モンゴルの「ありふれた食卓」の回想からは,「年長者を敬う」,「団らんを重視し,食事に多くの時間を費やす」など,相撲界における師弟関係や,コミュニケーションの場としてのちゃんこの時間に通ずるものもあるような気がしました。ひょっとしたら,この辺りに,昨今のモンゴル人力士活躍の秘訣があるのかもしれません。日本の家庭が核家族化する中で希薄になりつつあるものが相撲の伝統の中にはあるのでは,そんなことも考えました。

筆者がインタビューを行ったのは,稽古後のちゃんこが終わった昼寝前。お疲れのところ,エンさんは誠実に丁寧に語ってくれました。本当にありがとうございました。これからも一生懸命,応援していきますよ,エンさん!

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