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去る,2010年9月5日六本木の国際文化会館にて,蒼国来の新入幕祝賀会が,300名様もの皆様にお越しいただくなか,晴れ晴れしく開催されました。
会場建物の一歩外は旧岩崎邸庭園で一面芝生が広がっており,蒼国来の故郷,内モンゴルの夏の景色[参考:新華網]を誰しもが思い出したくなりました。
まず,これまで,そしてこれからも,蒼国来を応援いただいておりますご来賓各位から御言葉を頂戴しました。それはもはや,「蒼国来ガンバレ」ではなく,「荒汐部屋を引っ張って」「中国と日本の架け橋に」「内モンゴルを代表して」というご期待で,蒼国来が力士の一人としてだけではない存在になりつつあることを実感しました。そして続けて「これからもその優しさをもって励むよう」と期待いただけるところが,蒼国来らしさを感じさせます。
俺は紫外線とも戦うとばかりUVカットのメガネで登場の師匠荒汐も,「ここまでお祝いされちゃったら,部屋創設10周年までに,もう1人,2人,いや3人でも4人でも関取を出しちゃうぞ!頑張っちゃうぞ!」と並々ならぬ決意を,大汗ダッラダラ流しながら述べさせていただきました。
あの誰もいない部屋を興したとき,こんな瞬間を思い描くことさえできたでしょうか。
そして幕内力士,蒼国来。
昔馴染みの皆さんに集まってもらっての祝賀会とあって,いつも以上に嬉しそうな蒼国来を見ていると,こっちまで嬉しくなりすぎて,何を言ったのか忘れてしまいました・・・。今となっては衿もとの乱ればかりが気になります。
ともかく,嬉しそうな蒼国来だった,そして見つめるおいでの皆様も嬉しそうだった,そんな幸せな時間だった印象だけが残っています。
花束贈呈式も,なんだかジーンと来る。
お花は会場にも。
会場には,ご近所の久松小学校からのこんな楽しい寄せ書きや,
おめでたく凧も手作りで。
懸賞金を相手に渡すわけにはいかない。
幕内力士だけが許される四股名を染め抜いた座布団もいただきました。本場所では,これを半分に折って土俵溜で使います。想像以上に大きいうえに,重い。
さらには,荒汐部屋勢全員を紹介するポスターがずらり。
その荒汐部屋勢も皆様にご紹介。荒汐が宣言した「次の関取」の座は,この中の誰が射止めるでしょうか。
この日はかなり暑い一日でしたので,ずっと外ではさすがにキツイ。しばしお部屋で立食形式のご歓談をいただきました。蒼国来も,慌しくはありましたが,芝生を挟む二つの広間いっぱいの皆様とのひと時となりました。
そんな中,しばらくすると,外から涼しげな風が。蒼国来の同郷の馬頭琴奏者,セーンジャーさんの登場です。
青空の下で聞くモンゴルの調べ。会場の芝生もずっと向こうの地平線の彼方まで続いているかのような錯覚に陥ります。
そして蒼国来から,ぜひこの方々からのご挨拶を,とのことでズラリ並んでいただいたのは,日本に暮らす内モンゴルの皆さん。日本という異国での生活にあって,同郷の蒼国来がどれほど勇気付けてくれる存在か,誇り高い存在かを,熱い言葉で教えてくださいました。そして,みんなで故郷の民謡を合唱。
蒼国来がどこから来て,何をしているのかを,あらためて感じさせる時間です。
弟弟子「関取は,やっぱスゴイですよ。自分,仮に関取になったって言っても,ここまで誰がくると思いますか?みんな自分のことのように本気で喜んで来てくれてる。そんなふうに思わせる人,普通いませんよ。ほんとスゴイですよ。」
と,こんなイイ感じのムードなのですが,そろそろお時間です。最後は,荒汐部屋恒例三本締めで,今後の,特にこの九月場所の,蒼国来と荒汐部屋勢全員と,皆様のご健勝を祈念して,
いよぉぉぉっ! パパパン♪ パパパン♪ パパパン♪ パン♪ いよっ! パパパン♪ パパパン♪ パパパン♪ パン♪ もう一丁! パパパン♪ パパパン♪ パパパン♪ パン♪
ありがとうございました。さあ,15日間,闘いぬくぞ。
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