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荒汐部屋

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看板への思い

荒汐部屋に訪れた人がまず目にするのは,白木に描かれた「荒汐部屋」の文字。この看板を書いていただきました近藤江南先生に,看板にこめた思いを伺いました。

情景を描いた

荒汐部屋看板

まず目につくのは,荒汐の「荒」の字,これが私たちが普通に使う「荒」とはちょっと違うという点なんですが,何かわけがあるんでしょうか。

近藤:いえいえ,書の世界ではこちらの字体を使うのが一般的ですね。

特に意味があるわけではないんですね。

近藤:ええ。ただ,この字の形。

右上に上がっている。

近藤:そう,右肩上がりで縁起も良いでしょう。この上がっていく感じは出したかった。私の想いとしては,「荒汐」で,ひとつ風景を描きたかったんです。

風景,ですか。

近藤:よくありますでしょう。荒波が打ち当たる断崖絶壁,その上には孤高の獅子か虎かが月にむかって立っている。押し寄せる波しぶきの音だけが流れる。そんな張り詰めた空気の中,その獅子か虎かがぐっとこちらを振り返り,睨む。そんな情景を描きたかったんです。

この「汐」が波と波しぶきを,「荒」の下部が断崖絶壁,右上がりの上部は虎が立ってこちらを振り返った瞬間,そんなふうに見えてきますね。

近藤:そういう気持ちで書きました。

シンプルな字体の中にも,なんとなく迫力があるというか,迫ってくる感じがあるのは,こうした先生の想いがこめられているからなんですね。

近藤:そうだといいんですが。しかし問題はその次なんです。

縦一本線の難所

荒汐部屋玄関

近藤:この4文字の中で一番難しい文字はどれだと思いますか。

一文字目じゃないんですか

近藤:私にとっては,「部」,これが一番難しい。というもの,この右側のおおざと,縦一本線がありますでしょう。ここなんです。縦一本引く,というのは技巧もごまかしも効かないんですよ。複雑な字形ですと,次々と整えるチャンスがあるんですが,縦一本はそうはいかない。斜めになってしまえば看板全体が歪んだ感じになりますし,かといって慎重になりすぎては腰抜けの力の無い線になってしまい,これまた全体の印象が弱弱しくなる。大胆かつ繊細に,ですね。特にこの看板は縦に細長いですから,縦のラインというのがものすごく効いてくるんです。そして,とめ。ここが乱れるとせっかくの線が台無しになる。最後の瞬間まで気が抜けません。

三度墨を捨てる

そうすると,相当書き直されたりもしたんですか。

近藤:いえいえ,一発勝負ですよ。なかにはしくじったら削りにだせばいい,なんておっしゃるかたもいらっしゃいますが,看板ですから,そうもねえ。もちろん紙には何度もかきましたよ。でも違うんですよ,紙と板とでは,まったく。いったん筆を板の上に乗せたら,その瞬間「あ,これは何もかも違う」って感じてしまうんですね。板と紙とのあたりの違いはもちろん,墨もずっと濃く磨ってますし,筆も違う,もう何もかも違う。

ビビリまくりますね。

近藤:しかし,もう戻れませんから。肝を据えて書き上げました。

これはもう,うかがっているだけでドキドキしてしまいます。

近藤:墨を3度捨てましたから。

墨を捨てる?

近藤:はい。今日は書くぞ,と墨を磨って,板の前に座ることは座るんです。しかし,どうしても筆を持てない。3回そんなことを繰り返しました。墨はすぐダメになりますから,それで捨てるんです。

最後はやけくそですか。

近藤:いや,妻にですね,言われまして。あんまり私が「書けない」「書けない」と言ってるもんですから,
 「あなた,明日になったら上手くなってるの?」
ってね。なりませんよ。このひとことで背中を押されました。

奥様のひとことがなければ,今日も先生は板の前でうなっていた,かもしれませんね。

近藤:まったく。

荒汐部屋と私

しかし,そこまでのプレッシャーというのは,さすが相撲部屋の看板ですね。

近藤:そうですね。この世に55しかない相撲部屋の看板を書くということですから。この部屋で何年も何人ものお相撲さんが稽古を積むと思うと。私も下手なことは出来ませんよ。文字どおり看板に傷をつけることになりますからね。私の生き方も引き締まった,かもしれませんね。

いつも人目に触れるわけですし。

近藤:荒汐部屋,というとまずこの玄関が映ります。テレビにしても写真にしても。そこにいつも自分の文字があるんですから,これは書家としても冥利に尽きます。ここにあると,他の方からだけでなく,自分でもしょっちゅう見ることになりますし,他の書家の皆様からもいろいろと批評いただけますし,そういった意味で精進の糧にもなっております。それにしても,これだけの作品を書く機会はめったにありませんよ。今になって,すごいことをさせてもらった,とつくづく思います。

最後になりましたが,そもそも先生は荒汐部屋とはどういったご縁で

近藤:荒汐親方のお子さんに書道を教えさせてもらってましてね。大書家だとかそういう者じゃございませんよ。しかし身近なだけに,想うところも,より近しい感はあると思います。それに,荒汐部屋さんも私も,これからどんどん伸びていくばかりの境遇ですからね,そういった意味でも,我ながら,私が書けて本当に良かった,と思うところです。

本日はありがとうございました。荒汐部屋も看板に負けない力強い力士を育てるべく精進いたします。今後とも,どうぞ見守ってやってくださいませ。

近藤:こちらこそ,ありがとうございました。

近藤江南(こんどう こうなん)

近藤江南
読売書法会理事・正筆会総務理事
江南書道会 主宰
江戸川区江戸川6丁目28-4
03-3804-2845
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